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トラウマ記憶の特徴

コラム

2021年1月27日

強い衝撃によって生じた心の傷である「トラウマ」は、通常の記憶とは異なる仕方で人間の脳の中に刻まれます。このトラウマ記憶の存在により、さまざまな症状や問題が生まれてきます。

それでは、トラウマ記憶とはどのような特徴を持っているのでしょうか。

通常の記憶

私たちは普通の記憶を思い出す時、その時の漠然としたイメージの広がりだけで、その細部まで捉えることができません。また、5年前の夏にプールに家族と行った」というように、言葉にして表現できます。同時になぜそのプールに行ったのか、そこでどういうことが起きたのかなど、それに伴うストーリーも思い浮かぶでしょう。その出来事が自分にどのように影響を与えたかを話すこともできます。

通常の記憶はたとえるならば、色鉛筆や水彩画で描かれた「スケッチ」です。その記憶は加工されています。場面のどこを切り取るのかは書く人に任せられています。自分にとって意味があるものは強調されるし、そうでないところはぼんやりとしか浮かび上がりません。ですがその強弱の中に、意味や文脈が表現されることになります。

トラウマ記憶

トラウマ記憶とは「言葉を持たない凍りついた記憶」であり、たとえるのであれば、「スクリーンショット」です。トラウマとなった出来事の部分部分の映像が、前後の文脈の関係なく「そのまま」フォルダーにおさめられているのです。そこにはその時の感覚もそのまま閉じ込められており、それを目にした時に同時にそれも飛び出してくるのです。

トラウマ記憶には、生々しい感覚と鮮明なイメージだけがあるます。その時に何があったかなどの細部が出てくる一方で、それは断片的でつながり持ちません。何が起きたのかについて一貫したストーリーとして話すことができず、またそれが自分に与えた影響についても説明することは困難です。

トラウマ記憶の目的

なぜ通常の記憶がことばにできるかというと、それは自他に対して「伝える」という目的をもった記憶だからです。言葉にすることで、私たちは自分がした経験を他者に伝え、共有することができます。同時に「自分とはこういう人間だ」という自己理解にも記憶を生かすことができるようになります。

それに対して、トラウマ記憶は別の目的を持っています。それは「生存する」ということです。トラウマとなるような出来事は、生命を脅かすものです。そうしたものに対したときは、生き残るために一刻も早くその場を離れたり、あるいは覚悟を決めてそれに立ち向かうことが求められます。それができない時は「死んだふり」のように、極限まで反応を落とし、それが過ぎ去ることを待つしかありません。トラウマ記憶は、生命を守るために私たちをそうした行動をとるように働きかけるものなのです。

そのためトラウマ記憶は、通常の記憶よりもより脳の中でも原始的な、情動や身体反応を調節をつかさどる場所に保管されていると考えられています。トラウマは身体に記録されるのです。

何がトラウマ記憶を留めるのか

心が大きな傷を負った直後にトラウマ記憶が残ることは誰にも起こり得る、普通のことです。問題となるのは、いつまで経ってもトラウマ記憶が普通の記憶へと移り変わらず、その人の中に留まり続ける時です。

それでは、何がトラウマ記憶をその人の中に留めることになるのでしょうか。トラウマ記憶が必要なものである、という視点はとても重要です。いつまで経っても「生存する」ことを優先しなくてはならないような、シビアな環境が続くのであれば、トラウマ記憶はいつまで経っても必要なままになるでしょう。

すなわち、それを手放すためには、まずはトラウマ記憶が必要ではない、安全で安心な環境が何より求められるということになります。研究からは、とりわけ周囲の人からの良好なサポートを得られることが重要であるとされています。

しかしトラウマ体験には、私たちが感じる安全や安心感の土台そのものを脅かすという特徴があります(参考:基本的信頼感とトラウマ)。心の傷を負った人が孤立無援の状況に陥ることは避けるために、本人も周囲も十分にその特徴を理解し、対応することが必要であると考えられます。

参考文献

ジュディス・L・ハーマン 中井久夫訳(1999)心的外傷と回復(増補版) みすず書房 

ピーター・A・ラヴィーン 花丘ちぐさ訳(2017)トラウマと記憶:脳・身体に刻まれた過去からの回復 春秋社

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