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何がトラウマとなるのか

コラム

2021年1月14日

トラウマが生み出す問題

強い衝撃によって生じた心の傷のことを「トラウマ」と呼びます。さまざまな症状や生きづらさの背後には、トラウマが存在する場合があります。しかし、何がなんでもトラウマとなるではありません。それが生む症状や困難さに応じて、トラウマと捉える出来事はある程度決められています。

ここでは、トラウマが生み出す問題の中で「PTSD」「複雑性PTSD」「発達性トラウマ障害」という三つを取り上げ、それぞれが示すトラウマとなる出来事の基準とその具体例について取り上げます。

ところで、この三つはお薬の使用や保険制度の利用に用いられる、精神疾患の診断基準のリストに入ったり入っていなかったりします。診断基準としては、アメリカ精神医学会が定めたDSMと世界保健機構が定めたICDがありますが、対応としては以下のようになっています。

疾患名PTSD複雑性PTSD発達性トラウマ障害
収録されている診断基準DSM-5・ICD-11ICD-11なし

PTSD(心的外傷後ストレス障害)におけるトラウマ

PTSD(心的外傷後ストレス障害)はトラウマが生み出す疾患の中で基本となるものです。PTSDは、お薬の使用や保険制度の利用に用いられるDSMとICDという両方のリストの中に入っています。

PTSDと診断されるためには、「実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事に晒される」ことが基準となります。こうした出来事を実際に体験したり、他人に起きた場面を直接的に目撃、あるいは家族や親しい友人に起こったと耳にした後、フラッシュバックやトラウマを思い出す場面や状況を避けるなどの症状が1ヶ月以上続くことで、PTSDと診断されます。

・PTSDとなるトラウマの基準
実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事に晒される
PTSDとなるトラウマの具体例
生命を脅かされるような事故や自然災害にあった
性的な被害を受けた
目の前で他人が命を落としたり、あるいは落としそうになるような場面を目撃した
家族や親しい友人が激しい暴力や性的な被害にあったと聞かされた

他の精神疾患は症状があるだけで診断できるのですが、PTSDは原因となる出来事も特定される必要があります。そのため、「クラスでいじめにあった」「会社でパワハラを受けた」などの出来事は非常に強い苦痛を生じさせ、場合によってはフラッシュバックなどの症状が生じることもありますが、PTSDと診断されることはまずないといえます。

複雑性PTSDにおけるトラウマ

複雑性PTSDは最新版のICDに収録された診断基準となります。トラウマ体験が長期に渡ると、PTSD症状に加えてさまざまな問題が生じることから収録された精神疾患となります。

複雑性PTSDと診断されるためには「極度の脅威や恐怖を伴い、逃れることが難しいか不可能と感じられる、強烈かつ長期間にわたる、または反復的な出来事に晒される」ことが前提となります。その出来事の後にPTSD症状が存在し、かつ気分の調整障害と対人関係の障害、そしてネガティブな自己概念の症状があることで複雑性PTSDと診断されます。実例として拷問や長期間にわたる家庭内暴力、反復的な小児期の性的または身体的虐待があげられていますが、これらに限定されるものでもないとも述べられています。

・複雑性PTSDとなるトラウマの基準
極度の脅威や恐怖を伴い、逃れることが難しいか不可能と感じられる、強烈かつ長期間にわたる、または反復的な出来事に晒される
・複雑性PTSDとなるトラウマの具体例
親から激しい暴力や暴言を受ける中で育ってきた
長期間監禁され、繰り返し暴行を受けた
支配的な関係の中で性的被害を繰り返し受けてきた
長期間、DV(家庭内暴力)を受けたが逃げられなかった

複雑性PTSDは、まだ診断基準として採用されてから日が浅いために、正式な運用がどのようにされるかは不明点が多いです。しかしながらPTSD自体のトラウマの範囲がとても狭いこと、何度も診断基準の中に収録が見送られてきたことを考えると、あまり広範囲に適用されるとは考えにくいと思われます。

発達性トラウマ障害におけるトラウマ

PTSDも複雑性PTSDも、DSMやICDといった診断基準の中に納められたトラウマ由来の精神疾患は、さまざまな理由からその範囲を限定されてしまう傾向にあります。しかし、過去に負った心の傷から現在の生きづらさを抱える人たちは他にも多く存在しています。

これに対して近年用いられるようになったのが、ヴァン・デア・コーク博士によって提唱された発達性トラウマ障害です。発達障害ライターの宇樹義子氏の秀逸なブログ記事にもあるように、発達性トラウマ障害は診断基準には当てはまらないものの「困っている当事者を助ける/困っている当事者が助かるために仮定しておいたほうがよい枠組み」であると言えます。

コーク自身によって示された診断基準によれば、発達性トラウマ障害は「①繰り返される過酷な人への暴力を体験したり目撃したりすること」および「②養育者が何度も変わったり離れたりすること、あるいは過酷で執拗な心理的虐待によって、保護的な養育がなされなかったこと」が前提となり、心身にさまざまな症状が出現することで診断が可能であると主張されています。

発達性トラウマ障害と複雑性トラウマ障害の診断基準の違いとして、コークの「過酷で執拗な心理的な虐待によって、保護的な養育がされなかった」という部分があげられます。花丘ちぐさ先生の近著では、これらが「不適切養育」としてまとめられており、発達性トラウマ障害の具体例としてとてもわかりやすくなっています。

・発達性トラウマ障害となるトラウマの基準
「①繰り返される過酷な人への暴力を体験目撃したりすること」および「②養育者が何度も変わったり離れたりすること、あるいは過酷で執拗な心理的虐待によって、保護的な養育がなされなかったこと」
・発達性トラウマ障害となるトラウマの具体例
思いやりのない言葉かけをする
子どもに手を上げる
タイミングよくニーズを満たさない
子どもの友人関係に介入しすぎる
子どもの好みや服装などに介入しすぎる
過干渉で子離れできない
否定的な言動が多い
抑うつ的で子どものニーズに応えない
過度の心配性
必要なケアをしない
無理にがんばらせる
子どもに大人のグチを聞かせる
勉強を強要する、脅す
きょうだいを比較する
子どもに夢を託して過度のトレーニングを強いる
成績で判断し人をランク付けする
倹約の度が過ぎる
子どもの夢を否定する
子どもに嫉妬する
子どもの性的な成長を喜ばない
不適切に性的な情報に触れさせる
子どもに性的な関心を持ち言動に表す
きょうだい間の性的な加害行為に介入しない

もちろん、これらの事柄があったから即、発達性トラウマ障害だ、ということにはなりません。しかしながら、今までは気づかなかった生きづらさや心身の不調の背後に、こうした幼少期からの問題が存在しているかもしれません。時には専門家に相談することも必要な場合もあると考えられます。

参考文献

白川美也子監修(2019)トラウマのことがわかる本:生きづらさを軽くするためにできること 講談社

ベッセル・ヴァン・デア・コーク,柴田裕之訳(2016)身体はトラウマを記録する:脳・心・体のつながりと回復のための手法

花丘ちぐさ(2020)その生きづらさ、発達性トラウマ?:ポリヴェーガル理論で考える回復のヒント 春秋社

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