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前期:「つながる」支援

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2021年8月31日

さまざまな理由によって「嵐」は終わりを告げたとしても、直後から「その後の不自由」として、周囲の環境や不適応や精神的・身体的な不調があらわれはじめます。こうした問題は、彼ら・彼女らが「嵐」を一人で切り抜けるために身につけてきた方法が、「その後」の生活の中でうまく機能しなくなったために生じるものとなります。ですが、身に染み付いたパターンを変えることは、なかなか簡単にはいきません。そうしたパターンをもう使う必要がない、そんな環境の中で過ごすことで、ようやくそれを手放し、回復に向かうことができるのです。

では回復に向かうことができるような環境とは、なんなのでしょうか。それはトラウマとなるような出来事が生じた環境の反対なもの、安全・安心で穏やかに人と繋がれるような場所となります。人間関係で生じた傷つきは、人間関係の中でしか癒されないのです。そのため、まず回復に向かうことを援助するためには、その人と「つながる」ような支援が求められるのです。

「つながる」ことの難しさ

ですが、「嵐のあとを生きる人たち」にとって、この「つながる」ということが何より難しいものとなります。 この問題は、ICD-11に収録された複雑性PTSDの診断基準の中で、対人関係の障害として取り上げられるものです。その背景にはトラウマによって崩れた基本的信頼感の問題があると考えられます(参考:複雑性PTSDの症状と問題③対人関係の障害基本的信頼感とトラウマ)。

トラウマとなるような出来事の最中で、当事者は加害者によって孤立へと追い込まれます。そして、彼ら・彼女らがその中で生き残るために致し方なく結んだ人間関係の中では、搾取、裏切り、見捨てられるという経験しかありません。そうした形でしか「つながる」ことが経験できなかった彼ら・彼女らは、そもそも他者との関係の中でリラックスしたり、誰かに弱みを見せて頼るということができないのです。「どうせ話したってなんともならない」と、そもそも誰かを頼ることを諦めてしまうことが多くあります。 あるいは適切な相手に相談することなしに、さらに搾取されて傷つきを重ねてしまうのです。

このように「つながる」力の弱さは、回復に向かう上で大きな障害となります。そのため、良好な「つながり」を経験してもらうということは、支援者にとってとても大切な役割であるということができます。

支援者とも「つながる」ことは難しい

しかし「つながる」力が弱い彼ら・彼女らは、それゆえになかなか支援者と「つながる」ことが難しくなっています。 自分が今困っていることを自覚し、それを相談したい、聞いてほしいという仕方で支援者の元を訪れることはまずありません。

多いのは、自分の周りの環境との不適応という形を起こして、周囲の大人に連れてこられる場合です。彼ら・彼女らは、大概憮然とした表情で現れます。もしくは優等生の「よそ行き」の顔です。「なにか話したいことある?」と聞いても「別に・・・」「とくにありません」という返答しか返ってこない、ということもあります。せいぜい、身体の不調や不眠といった症状の訴えのみで、とにかくそれだけなんとかなればいい、という態度がほとんどです。またその一方で、連れてきた大人は「何か言ってやってください」という態度で面接室に送ってきます。支援者は間にはさまれてしまうこともしばしばあります。

こうした態度の背後には「話したってムダ」という、人に対する一貫した不信感があります。 今までも彼ら・彼女らは自分たちの方法で周囲と「つながる」努力をしてきたのです。しかしその努力は無視されてしまったり、さらには余計に傷つけられてしまうことすらありました。そのため、赤の他人である支援者にいきなり困りごとを伝えることなんて、不可能でしょう。

しかしその一方で、自分の感情や苦しみを伝えたいという欲求があります。ですがそれらを言葉にすることができず、身体化や行動によって伝えるしかないのです。しかしそれすらも、周囲の大人は「甘えている」「努力が足りない」「やる気がない」「自分でなんとかしろ」といわれてしまうことすらあります。あるいはそう言われ続けていたがために、自分自身でもそう自分を責めていることもあります。心の奥底では誰かとつながりたいのに、それをすることを自ら禁じているという、非常に複雑な心の動きが存在しているのです。そのため、支援者ですら彼ら・彼女らと簡単に「つながる」ことは困難なのです。

どのように「つながる」か

それでは、彼ら・彼女らと「つながる」ために支援者にどのような態度が求められるのでしょうか。そこ原則となるのは「今までとは違うパターンで関わること」であると考えられます。

たとえ連れてきた大人から「何か言ってやってください」という圧力を感じたとしても、それに屈してはなりません。ようやく彼ら・彼女らの声を聞こうという環境ができたのです。ここで支援者が、連れてきた大人が求めるようなかかわりをしてしまっては、結局今までと同じパターンを繰り返すだけで、彼ら・彼女らの「つながる」力を育てることにはつながりません。

支援者は、彼ら・彼女らが身に着けてきた「曲芸飛行」のモードで関わる必要がない人物として登場する必要があるのです。支配と服従といった危険な環境の中では、他者に信頼を寄せて「つながる」ことは、自分の身を危険にさらすことでしかありません。対等で安全な環境の中でこそ、はじめて適切に「つながる」力を育むことが可能になるのです。

言い換えるのであれば、支援者は今まで彼ら・彼女らが身に着けてきた、曲芸飛行モードで関わる必要がない人物として登場する必要があるのです。世間一般の目を内在化し、自責感が強い人も多いため、セラピストはある意味で「変わった人」として登場することが有益だと思われます。以前まだ学生のころ、SVで指導教官から「心理士の役割は隙間産業だ」と教わったことがあります。思春期・青年期の臨床では常に意識する言葉ですが、「つながる」力が弱い場合には、より一層重要になると考えられます。

症状を大事にする

「今までとは違うパターンで関わる」ために大切なこととして、本人や周囲が問題だと思っている症状や行動を「本人なりの適応の努力である」と捉えることがあげられます。

精神科的な症状や行動は、それが存在することによって、別の問題を覆い隠しているということがあります。たとえば、子どもが不登校になることによって、不仲な両親を結託させている、というようなことです。これは「疾病利得」と呼ばれ、精神科治療の中では治療を妨げるものとして知られています。この疾病利得という言葉は、どこか当事者を批判的にとらえるニュアンスを帯びて使われることがあります。

しかし、 「つながる」力が弱い彼ら・彼女らにとって、その症状や問題行動があるからこそ「つながる」ことが可能になっている場合があります。症状について本人に聞くと「やめたい」とか「治したい」と言うでしょう。それは本心であると思われます。しかし、本人の周りの環境がそれを許さないのです。

そうした場合、「もちろん、あなたは治りたいと思います。でも、あなたのおかげで、ようやく周りはなんとかしようとし始めたところなのが難しいです。こちらの勝手なお願いですが、もうちょっとがんばって今のままでいてくれませんか?もちろん、その期待を裏切って治ってしまって、がっかりさせてくれてもいいですよ」と茶化した感じで伝えています。どちらに転んでもよいという、いわゆる治療的ダブルバインドの状態に本人を位置付けるのです。

中井久夫は「せっかく病気をしたのだから少しはいいことをしなきゃ」と声をかけると述べています。コフートの翻訳者である水野信義先生も、不登校やひきこもりの子どもが学校に行き始めると「もう学校なんかに行って大丈夫なのかい?」と言うことがあると話されていたことがあります。

このあたりに、「つながる」力の弱い彼ら・彼女らへの治療の綾があると感じています。今までの大人と違うパターンで関わるという意識が必要になります。

中井久夫は症状を手放すためには「安心して治れる」環境があることが大切である、と述べています。同じく「疾病利得と正面からたたかって勝ち目がない」とも書いています。可塑性が高い思春期では、大きな変化が起こることが度々あります。しかし、これらはあくまでボーナスに当たるものでしょう。むしろ中井のように「そんなに急によくならないように」と声をかけるような余裕を持つことが、安全に治療を進める上で重要であると考えられます。

この時期の援助の現実的目的は、症状の除去というよりもごまかしその場しのぎをしていきながら、高校卒業や就職、進路など現実的な社会適応の道を作ることにあると思います。大幅な問題行動の改善、症状の除去が起こらないため、本人や親の動機づけを高めたとしても、この時期のケースは途切れてしまうことが多いです。しかし、ここで支援者が本人なりの在り方を肯定し、「話を聞いてもらえた」という経験を持つことは、後の援助希求能力を上げると考えられます。

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