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基本的信頼感とトラウマ

コラム

2020年12月18日

基本的信頼感とは

基本的信頼感は、人が安心して生きていくためにとても大切なものです。社会で生きていくにあたり、人はそれぞれの時期で乗り越える課題があると言われています。一番最初の、生後12ヶ月で乗り越える課題が「基本的信頼感」です。

生まれて間もない無力な赤ちゃんは、大人から色々なお世話をしてもらいます。泣いた時に気にかけてもらったり、楽しい思い出を共有したり、身辺のお世話をしてもらうことで、「この世界って優しいな。自分はお世話をしてもらう価値のある人間なんだな」という感覚が生まれていきます。

この感覚こそが、基本的信頼感です。

基本的信頼感は、人格を作り上げていく土台となります。「きっとこの後にはいいことがあるし、私は大丈夫だ」と思えるからこそ、私たちは保護者から離れ、不確かな世界に自分を押し出していくことができるのです。

この世界の大部分は、自分ではない「他者」です。基本的信頼感があると、「他の人間は自分にとって悪いものではない」と思え、友達や恋人など、他者との親密な関係を築けるのです。基本的信頼感は、生後12ヶ月の時だけでなく、その後の人生においても大切な部分なのです。

基本的信頼感が失われるとき

基本的信頼感を獲得しても、打ち砕かれる場合があります。

それは、死をおびやかされるような災害や事故、性被害を含む犯罪被害です。自分の安全や命をおびやかされる経験をすると、世界や他者が安全なものであるという感覚が失われることがあります。そして、自分は他者から阻害されている、自分は無力で無価値である、というイメージで心がいっぱいになることがあります。

そうなると、他者と適切で穏やかな人間関係を築くことが難しくなります。いつ自分が傷つけられるのかわからないため、常に周囲を警戒しなくてはなりません。

この人は敵か?味方か?ということで頭がいっぱいになります。相手を信頼することが難しく、表面上のやりとりで関係性が終わったり、「この人の優しさには、何か裏があるかも」と勘ぐって親しくなれなかったり。

そういったハードルを乗り越えても、基本的信頼感が不安定なままだと、一度親密になっても、穏やかな関係を続けることは難しく、不安定になりやすいと言われています。

また、人格を作り上げる土台である基本的信頼感が失われてしまうと、その土台の上に作り上げられていたものも崩れてしまいます。親からの自立をめぐる葛藤や、自分は何者かなど、幼少期や思春期に乗り越えてきた様々な課題をもう一度築き上げていかなければなりません。

心にぽっかり穴があき、世界の中で自分を失ってしまったような孤独感に支配されてしまいます。

基本的信頼感という世界に対するポジティブなイメージを失うことで、代わりにこの世界は残酷であり、自分は生きるに値しないという感覚が現れるのです。

トラウマとPTSD

重大な肉体的傷つきや精神的ショックが生み出す心の傷のことを、トラウマと呼びます。トラウマがフラッシュバックなどの症状を引き起こす時は、PTSDという診断名がつくことがあります。

基本的信頼感の喪失自体はPTSDの診断基準の中には含まれていませんが、一回限りのトラウマの出来事だとしても、その衝撃が大きいのであれば、やはり基本的信頼感は脅かされます。

さらにはこうしたトラウマとなる出来事が複数回、長期間に渡って繰り返された場合、基本的信頼感は粉々に打ち砕かれることになります。近年、そうした複数回のトラウマがある場合は複雑性PTSDという別の診断名をつけることが提案されています。

その中でも基本的信頼感により深刻な結果をもたらすのは、児童虐待がある場合です。

虐待がある場合は、そもそも基本的信頼感を持つことができません。そうなると世界と自分への不信が基本の状態となります。このことは幼少期からの人格形成に深刻な影響を与え、愛着障害という診断にまとめられる行動や情緒の問題として発展する場合が多く見られます。

また明らかな虐待がなかったとしても、子どもの人格の成熟を促すためには、ケアをする大人はその力を適切に使う必要があります。大人の方がはるかに強力であるにもかかわらず、大切にされ尊重されることで、子どもは自分には価値があると思うことができます。

そうした経験ができない、いわゆる「不適切な養育」をされた子どもは、やはり基本的信頼が失われた後と同様の問題が生じてしまいます。近年では複雑性PTSDと愛着障害だけではなく、こうした不適切な養育の結果も含めそれらが引き起こすさまざまな心理社会的問題に対して、発達性トラウマ障害と呼ぶことが提案されています(参考:何がトラウマとなるのか)。

崩れた基本的信頼感をもう一度作るために

治療は、どうしても大きな負担がかかってしまいます。トラウマを手放したとしても、その先に生きる世界が良いものであると思えなくては、治療を受けようとは思えないでしょう。

人との間での傷つきは、人との関わりの中で癒される必要があります。フラッシュバックや過覚醒などのPTSD症状に対して効果的と言われている治療も、基本的信頼感を一緒に作り上げていくことが前提にあります。

しかし、信頼するという能力が損なわれているがゆえに、人に頼ることがとても難しかったり、自分に近づく人には不純な理由があるのでは、と考えて遠ざけてしまったりして、どうしても人間関係が不安定となってしまいます。これは日常生活でも、経験ある治療者との間でも、避けられないものとして生じます。

まずはこうした不安定さが人間関係の中で生じてくること、そしてそれは自分の責任ではなくトラウマが引き起こすものであることを、理解することから始めなくてはいけません。

信頼は万能の誰かが授けてくれるものではありません。何度も訪れる危機を乗り越えていくことによって、徐々に信頼の貯金を少しずつ貯めて再建されるの築かれるのです。

とりわけ傷ついた経験が多ければ多いほど、つまり複雑性PTSDや愛着障害の人たちは特に、基本的信頼感の再建は難しいです。そうした人たちには、なるべく多くの味方がいることが大切になります。

支援を受ける方も支援をする方も、焦らず無理のないペースでゆっくりとその関係性を広げていくように進めていく必要があります。しかし、トラウマは決して消えない傷ではありません。時間はかかるかもしれませんが、信頼感を取り戻していくというプロセスの中で回復は可能になっていくものなのです。

参考文献

ジュディス・L・ハーマン 中井久夫訳(1999)心的外傷と回復(増補版) みすず書房 

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