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発達障害のコミュニケーションの特徴

コラム

2020年11月30日

発達障害とコミュニケーションの問題

診断基準に「コミュニケーション/想像力の障害」とあるように、コミュニケーションの困難さは自閉症スペクトラムの特徴の一つとなっています。ADHDにおいても、「しゃべりすぎる」ことや「人が話し終える前に話し始めてしまう」といったコミュニケーションでの問題が診断基準の中に含まれています。こうした対人コミュニケーションの問題から、発達障害の人は「空気がよめない」と言われ、困ることが多く見られます。

ですがいわゆる「大人の発達障害」の人たちが、こうしたコミュニケーションの問題について指摘された時、戸惑ってしまうことがあります。自分の何が問題であったか説明されてもよく理解できなかったり、納得できずにもやもやしてしまうのです。そのことがきっかけで落ち込んでしまったり、周囲とうまくいかなくなってしまうことすらあります。

なぜこうしたことが起こるのでしょうか。それは発達障害の人はコミュニケーションの中で「正しいにも関わらず、不適切である」という行為をしてしまう傾向があるからです。自分自身も周囲も、この傾向に気づくことで気持ちが楽になったり、対策を立てれるようになります。ここではそのことについて説明します。

他者理解の二つの方法

人間が他者を理解する際の方法には、二つの種類があると言われています。一つは「直感的他者理解」と呼ばれるものです。これは相手の表情や手振り、身体の動きや声のトーンといったものから伝わる情報に基づくものであり、他者の心の状態についてその場で瞬時に理解することを可能にします。もう一つの方法が「内省的他者理解」と呼ばれるものです。これは明確な言動やルール、知識などに基づくものであり、他者の心の状態について考え言葉にすることを可能にします。

「直感的他者理解」は「内省的他者理解」よりも発達的に早くできるようになるとされています。例えば、贈り物をもらったとき、たとえその贈り物が気に入らなくても、贈り主がいるときは嬉しい表情をするのが、その場にあった適切な行動です。子どもも早い段階でこうした行動はできるようになるのですが、なぜそうした行動をしたのかを説明する前に子どもはできるようになるのです。直感的にそのような行動をした方がよいことを「なんとなく」わかることができていると考えられます。「空気を読む」ような対応を、論理的に理解せずとも、定型発達では実践できるようになるのです。

一方で、自閉症スペクトラムの人の中でも知的な問題がない人たちの場合は「直感的他者理解」の過程を経ずに、直接的に「内省的他者理解」の段階に進むと考えられています。定型発達では「わからない」→「言葉で説明はできないがなんとなくわかる」→「理由をしっかり説明できてわかる」という順番で進むのに対して、自閉症スペクトラムでは「わからない」→「理由をしっかり説明できてわかる」と、一足飛びに他者理解が可能になるというのです。言い換えるのであれば、自閉症スペクトラムの子どもは、言葉でわかるようになってはじめて十分な他者理解が可能となるのです。言語をある程度使いこなすことが前提となるため、こちらのコラムで述べたように、自閉症スペクトラムの子どもは「心の理論」が成立することが、定型発達の子どもよりも遅れてしまうと考えられます。

ですが、「内省的他者理解」ができるようになれば「直感的他者理解」は必要にならなくなるかというと、そういうわけではありません。むしろ、その重要さは状況が複雑になればなるほど、増していくと考えられます。私たちは日常的な対人関係において、いちいち「こういう理由だからこうした行動をとったほうが良さそうだ」と考えて行動をしていません。考えることなく、無意識的に素早くその場にあった行動を選択していきます。そのために必要になるのが、非言語的な状況や相手の視線や表情といった情報を瞬時に読み取って、相手の心情を適切に読み取るという「直感的他者理解」なのです。そのため、「内省的他者理解」が十分にできる自閉症スペクトラムの人も、対人関係での困難が生じてくるのです。

対人関係でのレーダー機能

「内省的他者理解」はできるけども、「直感的他者理解」が苦手。言い換えるならば論理的・意識的な判断はできるけど、なんとなく・無意識的な判断は得意でない。自閉症スペクトラムの人のそうした他者理解の特徴は、対人関係に置いて「正しいけども不適切」という困難さを生み出してしまいます。そのことを理解するために、以下のたとえ話で考えて見ましょう。

第二次世界大戦の時のお話です。当時の日本の海軍は皆士官学校をでたエリートたちです。海戦を行おうとするとき、非常に綿密な作戦を立てました。そして「これで間違いない!」という戦略を立て、いざ戦艦を動かすと・・・いきなり横からアメリカ軍が現れ、大打撃を受けます。現場の将校たちは大混乱です。慌てて自分たちの戦略を見直して、立て直そうとします。そして再び戦艦を動かすと・・・また横からアメリカ軍が現れ、壊滅的な被害を出してしまいました。敗北の後、必死になって自分たちの戦略を検討し直しましたが、何度見直して自分たちの戦略は間違ってません。なぜアメリカ軍が横から現れたかわからず、将校たちは頭をひねるばかり・・・なぜこんなことになったのでしょうか。それは、アメリカの軍艦にはレーダーがあり、日本の艦隊の動きが丸見えになっていたということです。もし日本の将校達が抱いた「なぜ?」に対して、アメリカの司令官が答えたとすれば、それは「見れば一目瞭然さ!」となります。

このたとえ話しにおけるアメリカ軍のレーダーが「直感的他者理解」に当たります。定型発達の人はこうしたレーダーを用いているがために、常に対人関係において適切に振る舞うことができるのです。一方で自閉症スペクトラムの人は、日本の海軍と同じようにレーダーからの情報がないがために、自分たちの理論的な戦略にすがっていくしかないのです。であるがために、自閉症スペクトラムの人は理論的には「正しい」行動をとっていたとしても、結果的に「不適切」となってしまうことが起きてしまうのです。

よくあるパターンとしては、自閉症スペクトラムの人の行動を、「間違っている」として定型発達の人が指摘するという構図です。ですが、こうした指摘は実を結ばない場合が多いです。自閉症スペクトラムの人の行動は、ほとんどの場合で論理的に裏付けられています。定型発達の人たちはそれに対してレーダーに基づいて「見ればわかるでしょ」というような指摘になるので、余計に自閉症スペクトラムの人は混乱してしまうという結果になるのです。「あなたは正しいのだけども、結果的に不適切な行動をとってしまう」ということを説明し、その上で対策を立てることが必要となります。

ちなみに、同じ発達障害でもADHDの人も同様に対人関係におけるレーダー機能を使うことに失敗してしまう場合があります。その背景には、不安の高まりがあります。不安が高い状態においては、ADHDの人は不確かなレーダー機能よりも、慣れ親しんだり普段から使っている行動パターンとしての戦略に頼ってしまうのです。そのためADHDの人も、不安が高い状態においては自閉症スペクトラムの人たちと同じような対人関係の困難さや、こだわりの強さを見せることがあるのです。

対人関係でのレーダー機能の弱さをどう補うか

それでは、自閉症スペクトラムやADHDといった発達障害で見られる「直感的他者理解」の苦手さ、言い換えるならば対人関係でのレーダー機能の弱さを補うためにはどうしたらいいのでしょうか。そのことを考えるための、いくつかのヒントをあげたいと思います。

1)戦略が生かせる環境に身を置く

すでに見てきたように、自閉症スペクトラムの人も知的な問題がなければ「内省的他者理解」であれば可能になります。そのため、直感的他者理解ではなく、内省的他者理解に基づいて動ける環境においては十分に適応できるのです。ルールや指示が明確な環境、理想的にはコンピューターのプログラムのように動くことで成果が残せるような場所では、自閉症スペクトラムの人たちは高いパフォーマンスを発揮することができます。実は、そうした環境は定型発達の人も公平で安定した行動をすることができるのです。誰にとっても働きやすかったり居心地がよかったりする環境を目指すことが、自閉症スペクトラムの人たちの過ごしやすさにつながればいいのですが。

2)他者の対人関係でのレーダーを使う

自分では対人関係でのレーダー機能を使うことが苦手であったとしても、他者が持っているレーダーを参照することができれば、「正しいけど不適切」な行動をとるリスクが減ります。信頼できる人物が周囲にいる場合、そのアドバイスに全面的に従うことも一つの方法です。全面的に、というのがポイントです。いちいち理由を聞いて納得するのではなく「よく分からんがこうした場合は人のいうことを聞いておいた方が良い」とパターン化しておいた方が話が早いです。もちろん、ロジカルな思考が必要な場所では、自閉症スペクトラムの人の特徴を十全に生かし、しっかりと自分で考えても良いです。どこで自分のこだわりを発揮したらいいのか、反対にどこで他人の意見に従った方がいいのか、そのメリハリをしっかりすることによって、生きづらさが改善していく可能性があります。問題はしっかりと対人関係におけるレーダーをもった、信頼できる人物が周囲にいるかどうかです。発達障害の人を騙そうとする人たちも多くいて、そのために強い人間不信に陥ってしまう場合も少なくありません。

3)パターン化と憑依

その他の可能性としては、対人関係を徹底的に分析し、その時々の行動をできるだけ多くパターン化しておくということです。先の例でいうならば、戦略を更に洗練させていき、できる限りの失敗の可能性を潰していく、という方法になります。知的に高い自閉症スペクトラムの人の場合、こうしたパターン化の徹底によって、ある程度の対人関係まではこなせるようになるようです。似たような方法として、うまくいっている対人関係のパターンを観察し、それをそのままそっくりと取り込む、ということもあります。いうならば、成功者のやり方をそのままそっくり模倣し、時には「憑依」に近い形でなりきることによって、その場を切り抜けるという方法です。しかしこれらのやり方は、多くの場合その場凌ぎには使えるものの、関係が複雑化したり、パターン化が難しい親密な関係になったりすると難しくなってしまうと考えられます。

参考文献

久保ゆかり(2019)他者理解の発達再考–直感的他者理解をめぐるASD(自閉症スペクトラム)研究を通して- 東洋大学人間科学総合研究所紀要21, 133-151.

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